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大阪高等裁判所 昭和36年(ラ)280号 決定

決  定

相生市相生一三九〇番地

抗告人

塚田政敏

右代理人弁護士

田口治国

抗告人(債権者)相手方(債務者)間の、神戸地方裁判所龍野支部昭和三六年(ヌ)第一五号不動産強制競売事件につき、同裁判所が同年一〇月一〇日なした決定に対し、抗告人から適法な即時抗告の申立がなされたので、当裁判所は次の通り決定する。

主文

原決定を取消す。

本件を神戸地方裁判所龍野支部に差戻す。

理由

抗告人の抗告の趣旨、ならびに、抗告の理由は別紙記載の通りである。

当裁判所は、本件公正証書に基く強制執行は許されると考えるものであつて、その理由は次の通りである。

按ずるに、本件公正証書の内容は原決定理由摘示の通りであつて、これによると、本件公正証書は、抗告人が古林義朗及び吉田香を連帯債務者として、昭和三一年一二月三〇日、右両名に対し貸与した金一四〇、〇〇〇円なる一定の金額を、同日から翌三二年七月二〇日まで毎日金七〇〇円ずつ二〇〇回に分割して抗告人に給付すべき請求について、同三二年一月二三日に作成されたもので、右債務者両名の強制執行受諾の意思表示は、右請求について公証人に対してなされたものであることが認められるところであつて、それ自体なんら公正証書の要件に欠けるところがなく、同証書作成当時、既に日賦弁済期の一部が到来していて前示貸金請求権の一部が弁済されたことにより、その一部が存在しなかつたことになるかも知れないけれども、かかる事実について疑の生ずる一事から、本件公正証書に一定の金額を給付すべき請求の記載がないということができない。けだし、公正証書の無効と、これに表示された請求権の不存在、ないし、記載された法律行為の無効とは区別されねばならない(この点原決定も同様の見解である。)ところ、前記のような疑の生ずる事実は後者に属し、公正証書自体の執行証書としての有効要件とは関係がないからである。そして、このことは実際上も、公正証書作成以前に成立した金銭給付債権について公正証書が作成され、その弁済が公正証書作成以後の一定期限に一時になされるべきことが記載されている場合であると、或は本件のように日賦弁済すべきことが記載されている場合であるとを問わず、公正証書表示の請求権の金額の一部若しくは全部が右作成当時既に弁済されていたときは、債権者が現実に公正証書に基いて強制執行し得る範囲は、執行申立当時において残存する部分に限られ、公正証書作成当時から存在しなかつた請求権や、公正書作成後弁済がなされた請求権について強制執行を求めることができないことはいうまでもなく、これに反して公正証書表示の請求権全額について強制執行が開始された場合においては、債務者は、請求権の一部又は全部の不存在なる実体法上の理由を主張して、請求異議の訴をもつてこれが排除を求めることができるのであつて、これにより債務者の保護は十分であるのに対し、請求権の一定の金額が――債務者の同意の下に――公正証書に記載されているにかかわらず、その記載自体からこれが一部消滅したことが確認されないのに、単にその事実が疑われるというだけで公正証書による執行が許されないとすれば、債権者は新たに債務名義を得なければならないことになり、迅速、確実に自己の請求権の執行を可能にしようとして、債務者の協力を得て公正証書の作成を受けた債権者の権利行使は不当に妨げられる結果となり、衡平の観念にも反することになるという点からも是認されるであろう。

してみると、本件公正証書は、民事訴訟法第五五九条第三号所定の債務名義たる要件を具備していることが明かであり、これに反する見解の下に本件公正証書による強制競売の申立を却下した原決定は失当で、本件抗告は理由があるといわねばならないから右決定を取消し、なお、その余の要件について審理する必要があると認められるから、本件を原審に差戻すこととし、民事訴訟法第四一四条本文、第三八九条第一項を適用して、主文の通り決定する。

昭和三七年三月六日

大阪高等裁判所第七民事部

裁判長裁判官 小野田 常太郎

裁判官 亀 井 左 取

裁判官 下 出 義 明

抗告の趣旨

原決定はこれを取消し不動産強制競売開始決定の裁判を求める

抗告の理由

一、申立人は相手方に対し右不動産強制競売事件において原決定記載の債務名義に基き同決定記載の相手方所有別紙目録記載の不動産に対し強制競売申立をしたところ右債務名義たる執行力ある公正証書の正本(原決定添付別紙(2))は民事訴訟法第五五九条三号に定める一定の金額の支払を目的とするものでなく且つ執行受諾文言の記載あるものとは解せられないとの理由で却下されたのである。

二、しかし該公正証書はその内容が原決定理由冒頭説示の通りであつて該公証書の記載自体により民事訴訟法第五五九条第三号に定める一定の金額の支払を目的とするものでありこれに執行受諾文言の記載あることはこれを認めるに足るからこれに基く本件競売申立は正当であるものと解せられる。

三、原決定はその理由において本件公正証書が同証書記載の債務の分割弁済期日を一部経過した後に作成されて居るのでその作成前に一部債務の弁済がなされているかも知れず又その弁済された額も明らかでないからこの公正証書は一定の金額の支払いを目的とするものとは解せられないと断じているがこのような一部弁済は執行力ある判決正本の債権額についても想像される事実であり若し債権者が実在の債権額を超えた債務名義に表示の金額を以て不当の強制執行をした場合債務者は請求異議の訴を提起し救済を求める途が開かれているから原決定理由記載のような不合理はないであろう。

四、以上の外原決定が本件公正証書につき民事訴訟法第五五九条三号に該当しないと解する各判断は何れも理由なく本件不動産強制競売は許さるべきであるからこれを許さずとなし本申立を却下した原決定は取消さるべきである由て本抗告に及んだ次第であります。

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